2022年4月25日月曜日

日本科学者会議群馬支部( JSAG ) 総会記念セミナー(兼 2022年春季セミナー) 講演要旨

支部総会・講演会(兼 春季セミナー)

日本科学者会議群馬支部( JSAG ) 総会記念セミナー(兼 春季セミナー) 

コロナ危機と居住問題——深化する矛盾と転換の可能性との両義性――
日 時:2022年5月26日(木)18時30分〜20時  
講 師:佐藤 和宏 氏(高崎経済大学 地域政策学部 講師)
場 所:Zoomミーティング
司会:高崎経済大学・永田瞬 氏
 
日本科学者会議群馬支部総会記念セミナー兼春季セミナー 要旨

1. はじめに
 さる5月26日、科学者会議群馬支部の総会記念セミナーとして、高崎経済大学地域政策学部の佐藤和宏が、「コロナ危機と居住問題——―深化する矛盾と転換の可能性との両義性」と題して講演を行いました。12名ほどの参加者で、質疑応答も含めて1時間半ほどでした。

2. コロナ危機の両義性と本報告の問い
 コロナを危機と表現するものがありますが、危機の語源は、分岐点・転換点という意味を内包しています。現時点では、コロナ禍の長期化を要因として住居確保給付金利用の延長・最申請が実施されているのみであり、居住保障の拡充のきざしは、ほぼ見られません。
 なぜコロナ禍にあっても日本の居住保障政策は拡充のきざしを見せないのでしょうか?その解明の鍵は、居住保障政策の転換を妨げる要因を解明することです。本報告では、日本型持家主義による中間層の統合および危機の繰り延べという観点から、解明を試みました。

3. アフォーダビリティの「改善」
 前提としてアフォーダビリティについて触れておきたいと思います。それは、住宅費の負担の重さを表す概念で、世帯所得に占める住宅費の割合で表現することにします。1989年から2009年の20年間では、持家世帯のアフォーダビリティが悪化していたのに対して、2009年から2019年の直近10年間では、「改善」していることが分かりました。というのも、世帯収入は上昇しており、住宅ローンの返済額は減少しているためです。
 データの制約のため、低所得世帯ほど結婚していなかったり、割合として大きい高齢世帯のことが除外されたりしているので、全体としてアフォーダビリティが「改善」しているとは言い難い状況です。それでも、この「改善」が重要であると考えます。

4. 持家破産の潜在的可能性
 なぜかといえば、この「改善」は、実際には住宅費負担の改善ではなく、持家破産の先送りに他ならないのですが、しかしそれによって、中間層の持ち家期待・持ち家取得可能性を高めているからです。持家破産の先送りについて、下記の要因を指摘できます。
 第一に、晩婚化による住宅取得時期の遅れです。日経新聞の調査報道によれば、フラット35(住宅金融支援機構という公的住宅ローンの実施機関)の利用者を対象として、住宅取得時期を調べたところ、この20年間で約3歳ほど遅くなっています。
 第二に、住宅価格の上昇です。新築マンションの価格は、リーマンショック後に底をうった2009年以降、継続的に上昇しており、住宅価格は全体的に上昇しています。リーマンショックを経て新興ディベロッパーが淘汰されたために、マンション市場は大手ディベロッパーによる強い影響力を持つと言われます。そのため、コロナ禍以降も、価格引き下げ圧力が生じず、都市部の夫婦共稼ぎ層を中心に購買層が購入していると言われています。
 第三に、借入額の増加・持家負債の増加です。頭金なしでも利用できる住宅ローンが拡大することによって平均融資額は増加し、したがって返済すべき債務である住宅・土地の負債も増加しています。
 以上から、住宅ローン破産が増えていてもおかしくはありません。コロナ禍による労働市場への悪影響も考えればなおさらですが、(もちろん、個別事例が報道されることはありますが)必ずしもそうなってはいません。

5. 日本型持家主義と危機の繰り延べ
 そこで、日本型持家主義によって、この現象を総括する必要があると考えます。日本型持家主義の現在を理解するためには、以下の2つの要因が重要です。
 第一に、政策的要因です。国債金利を政策的に全般的な低金利へと誘導しており、フラット35の金利も例外ではありません。併せて、住宅ローン減税によって、返済金利よりも減税額のほうが大きくなるいわゆる逆ザヤ状態が生じています。政策的に持家誘導が行われているのですから、若年世帯であったり低所得であったりする層も、積極的になります。
 第二に、銀行資本の要求です。日経新聞および国交省調査によれば、フラット35の利用者の、住宅ローン平均完済年齢は、20年間で約4.8年間長期化しており、借入期間も長期化する傾向があります。一例として新築マンション購入世帯の平均年齢は44歳であり、同世帯の住宅ローン返済期間は平均31年ですから、75歳まで支払い続けることになります。
つまり、第一に、年金生活者になってからもしばらくは、返済が継続することになります。併せて第二に、アフォーダビリティ「改善」のカラクリは、返済を長期化することで、毎月の返済額を少なくしているのであって、いわば持家破産の危機を繰り延べしているに過ぎない、ということです。
この返済の後ろ倒しは何が要因でしょうか。それは、銀行業界の要望です。銀行業界にとっては、住宅ローンが重要な収益源であるために、銀行によっては85歳までの支払い年齢引き上げを要望している事例もあるそうです。男性の平均寿命は81.6歳ですから、死ぬまで払い続けるどころか、死んでも払い終えない時代がやってくるということです。

6. 居住保障政策の転換へ
 以上みてきたように、コロナ危機は、居住保障拡充の可能性もあるものの、現状ではむしろ困難だと言わざるを得ません。なぜならば、国家と資本によって仕組まれた日本型持家主義によって、中間層を中心に、統合戦略としての持ち家期待・取得可能性が機能しているからです。言い換えれば、人権としての住まいを軸として、居住保障政策の転換を実現させるためには、持家主義の仕組みおよび問題点を明らかにするとともに、本当に望ましい社会像と結びつける形で、居住保障政策の構想を提示することが求められます。


文責 講演者本人 佐藤和宏

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