2023年7月23日日曜日

JSAG総会記念 赤石 あゆ子氏 講演要旨 

テーマ:弁護⼠の⽇常の実務から⾒えてくる社会・政治の姿
⽇ 時:2023年5⽉25⽇(⽊)18時30分〜20時 参加無料
講 師:⾚⽯あゆ⼦⽒(あおば法律事務所・弁護士)
ZOOM開催

「弁護士の日常の実務から見えてくる社会・政治の姿」                                 弁護士  赤石 あゆ子


1 2000年に弁護士登録したが、当時の群馬の弁護士数は100名余り、うち女性弁護士は自分で7人目と少数だったせいか、離婚関連事件の妻側からの依頼を受けることが多く、気がつけば「離婚弁護士」となっていた。多くの離婚事件、特にDV(ドメスティック・バイオレンス)事件に取り組んで、DVは社会問題であることを実感している。
 「パーソナル イズ ポリティカル」とは、1960年代アメリカのフェミニズム運動のスローガンとして知られる言葉だが、この「1人1人の女性の個人的な体験のように見える現象は、実は社会、政治の体制と地続きであり、問題の解決は社会・政治の構造を変えることによってこそなしうる」という考え方は、現代日本のDV問題においても十分に妥当する。

2  DVとは、身体的暴力(物にあたる間接的暴力も)、精神的暴力(暴言、無視など)、性的暴力(性交渉の強要、望まないのにアダルト映像を見せるなど)、経済的暴力(生活費を十分に渡さない、使途の報告を逐一求めるなど)、行動支配(外出を制限する、友人や親族との交流を妨害するなど)などを意味する。加害者側の言い分、暴力の「理由」は様々だが、すべて「優位性の振りかざし」と性格付けることができる。加害男性の属性(職業、学歴、社会的地位など)も様々で、特に粗暴な性格の男性のみの問題ではない。共通するのは、背景にある男性中心・男性優位の社会構造と文化である。

3 DVを支える日本の社会構造の最たるものは性別役割分業である。社会的労働と家庭
内労働の分業(男は仕事、女は家庭)と、社会的労働の中での基幹労働と周辺労働の分業(男は正社員、女はパート)という二重構造がある。近年では男性の非正規雇用も増えているが、基本的な構造は変わっていない。また、税制、社会保険制度において世帯単位の原則がとられ、「被扶養者妻」が優遇されていることと相俟って、主たる家計の保持者たる夫に圧倒的な経済的優位をもたらしている。
 男女の格差を解消する法制度上の変化としては、1979年の女性差別撤廃条約(日本は1985年批准)、1985年の男女雇用機会均等法、2001年のDV防止法等があるが、選択的夫婦別姓や同性婚は未だ制度化されていない。 ジェンダーギャップ指数も、2022年は146か国中116位で(2023年6月時点で125位と過去最低)先進国の中で最低レベル、アジア諸国中、韓国や中国、ASEAN諸国より低い数値が続いている。          
 男性優位の意識も根強く、DV被害者たる妻が抱える問題は多岐にわたる。別居や離婚を決意しても、夫の監視下でどうやって家を出るか、別居後の生活場所や生活費の確保、子どもの転校問題、居場所を知られたくない等々、ハードルはいくつもある。特に近年では夫からの(子との)面会交流の要求に苦慮することが多い。同居中は子に無関心だったDV加害夫が面会交流を求める動機は、家族への支配欲や妻への報復感情にある。

4 相変わらず猛威を振るっている新自由主義が、DVを助長している。新自由主義の下、「強い者、高収入を得る者が偉い」という価値観が蔓延するとともに、競争を強いる職場環境によるストレスから自分より弱い者にはけ口を求める傾向が強まり、家庭内で優位に立つ夫が妻に対して支配的な態度を取る。平等の観念は数十年前に比べれば強くなっていると思われるのにDVがなくならない背景には、新自由主義的な文化が少なからず影響していると思われる。
 効率優先の新自由主義は、裁判実務にも影を落としている。別居後離婚までの婚姻費用分担義務は、多くの場合収入の多い夫が負うことになるが、民法上「一切の事情を考慮して(760条)」定めるとされているにもかかわらず、実務では夫婦双方の収入額と子の年齢・人数から機械的に算定される。離婚に伴う財産分与の額も「一切の事情を考慮して(768条)」定めるはずだが、実際には基準時(多くは別居時)におけるそれぞれの名義の財産の合計額を二分する単純な計算で算定されている。個々の夫婦の具体的事情を考慮して裁判官が悩む必要がなく、審理は効率的になるが、夫が浪費家で妻が倹約に努めた結果妻名義の財産が多くなっても、夫の浪費は考慮されない。
 特に問題があるのは、10年ほど前から実務で支配的になった「面会交流原則実施論(面会交流制限・禁止事由が立証されない限り実施するという考え方)」である。DVは制限・禁止事由になり得るが、密室で行われるためDVの立証は困難である。ある程度立証できたとしても、「夫婦の問題と親子は別」などと言われて実施を迫られる例は少なくない。かくして、
DV加害夫は自らの振る舞いへの内省を求められることもなく、別居後や離婚後も面会交流を通じて(元)妻や子への支配を継続することになる。「原則実施論」は最近になってようやく見直されるようになってきたが、完全な克服には至っていない。

5 さらに危険なのは、「離婚後共同親権制度」導入論である。現行法上離婚後は単独親権であるが、2022年11月、共同親権の導入を含む法制審議会家族法部会の中間試案が発表され、パブコメが実施された。共同親権は、DV被害妻の子連れ別居を「実子誘拐」と非難する「親子断絶防止議員連盟」(現在は「共同養育支援議員連盟」)が伝統的家族観に立って主張してきたもので、法制審パブコメへの自民党議員の介入が指摘されるなどその出自からして問題が多い。元夫婦の信頼関係があれば単独親権でも協力して子を養育監護することはできるのに対し、DV事案では共同親権は非監護親による支配継続の手段となり、高葛藤や非監護親が行方不明の場合は親権行使が不可能となるため、子に不利益をもたらす。従って共同親権導入の根拠や必要性はない。現行法では、親権に争いがあれば調査官による調査が行われ個々の事案毎に判断されているが、もし、面会交流原則実施のように原則共同親権となれば、審理は効率化するが弊害は計り知れない。

6 最後に、DV関係事件は毎日がたたかいであり、相手方当事者とその代理人のみならず、裁判所や政治家など国家権力とも対峙しなければならないこともある。それでも続けていられるのは、DV被害者が徐々に元気を取り戻し、自信をつけていく姿に人間の底力を見る思いがするからである。

                                                               以上 文責 弁護士 赤石 あゆ子