2023年9月26日火曜日

JSAG 夏季セミナー 斎藤 周氏 講演要旨

群馬科学者会議群馬支部 夏季セミナー
2023年7月27日18時30分~20時 (ZOOMセミナー)
 夫婦別姓訴訟と同性婚訴訟の判例を読む
 講師 斎藤 周氏(群馬大学共同教育学部 教授)


 ジェンダーと家族をめぐる戦後日本の法制度は、大きな問題をいくつも内包していた。1985年の女性差別撤廃条約批准の後も、改善の歩みは遅々としたものにとどまっている。とはいえ、婚外子への相続差別の撤廃、女性の再婚禁止期間の短縮、婚姻適齢の男女とも18歳への変更といった法改正は行われてきた。その中で、依然として解決していないのが選択的夫婦別姓の導入である。また世論の関心が急速に高まってきた論点として、同性婚制度の法制化がある。この二つの論点について、裁判例の動向を紹介する。

1 夫婦別姓訴訟(最高裁判決)

 夫婦同姓を強制する民法750条の合憲性が裁判の場で問われている。これまでに3件の最高裁判決が出されているが、いずれも夫婦別姓を認めない現行法を合憲と判断している。
2015年の最高裁判決の多数意見は、以下のように述べている(その後の最高裁判決もこれを踏襲)。
 「氏は,家族の呼称としての意義がある」「家族は社会の自然かつ基礎的な集団単位と捉えられ,その呼称を一つに定めることには合理性が認められる」。「そして,夫婦が同一の氏を称することは,上記の家族という一つの集団を構成する一員であることを,対外的に公示し,識別する機能を有している」。「嫡出子であることを示すために子が両親双方と同氏である仕組みを確保することにも一定の意義がある」。「家族を構成する個人が,同一の氏を称することにより家族という一つの集団を構成する一員であることを実感することに意義を見いだす考え方も理解できる」。「子の立場として,いずれの親とも等しく氏を同じくすることによる利益を享受しやすい」。「夫婦がいずれの氏を称するかは,夫婦となろうとする者の間の協議による自由な選択に委ねられている」。
 一方で、少数意見にとどまり、最高裁の結論にはならなかったものの、多数意見への批判的見解も示されている。最高裁2021年判決の宮崎裕子・宇賀克也反対意見は、夫婦別姓を認めない現行民法が違憲であることを、以下のように論じる。
 「氏名に関する人格的利益は,氏を構成要素の一つとする氏名(名前)が有する高度の個人識別機能に由来するものであり,氏名が,かかる個人識別機能の一側面として,当該個人自身においても,その者の人間としての人格的,自律的な営みによって確立される人格の同定機能を果たす結果,アイデンティティの象徴となり人格の一部になっていることを指す」。これは「人格権に含まれるものであり,個人の尊重,個人の尊厳の基盤を成す個人の人格の一内容に関わる権利であるから,憲法13条により保障される」。「夫婦同氏制のゆえに,婚姻によって夫となり妻となったがゆえにかかる人格的利益を同等に共有することができない状況が必ず作出される」。「そもそも氏が家族の呼称としての意義を有するとする考え方は,憲法上の根拠を有するものではない」。「現実にも,夫婦とその未婚子から成る世帯は,時代を追うごとにますます減少しており,世帯や家族の実態は極めて多様化し,子の氏とその子が家族として暮らす者の氏が異なることもまれでなくなっている。したがって,そのプロトタイプたる家族形態において氏が家族の呼称としての意義を有するというだけで人格的利益の侵害を正当化することはできないと考える。他の家族形態においてはそもそも氏が家族の呼称という実態自体があるとはいえないからである」。「夫婦同氏を婚姻成立の要件とすることは,当事者の婚姻をするについての意思決定に対する不当な国家介入に当たるから,本件各規定はその限度で憲法24条1項の趣旨に反する」。
 さらに、2022年最高裁判決の渡邉惠理子反対意見も以下のように指摘する。
 「氏の同一性によっては家族を「識別」できない場合は既に相当数存在して」いる。「そもそも,家族の一体感は,間断のない互いの愛情と尊敬によってはじめて醸成,維持され得るものであり,同一氏制度によってのみ達成できるものではない」。「同一の氏であることが家族の一体感を醸成することに役立つとしても,そのような家族の一体感が,婚姻に伴い氏の変更を余儀なくされた一方当事者の現実的な不利益(犠牲)によって達成されるべきものとすることは過酷であり,是認し難い」。「親と氏を異にする場合に子が受けるおそれがある不利益は,氏を異にすることに直接起因するというよりは,家族は同氏でなければならないという価値観やこれを前提とする社会慣行等に起因するもののようにも思われる」。
 両反対意見(違憲論)は極めて説得的であり、多数意見(合憲論)は支持できない。

2 同性婚訴訟(地裁判決5件)

 同性婚を認めていない民法・戸籍法の合憲性を問う訴訟が各地で起こされていて、すでに地裁判決5件が出揃っている。そして5件中の4件(2021年の札幌地裁、2022年の東京地裁、2023年の名古屋地裁・福岡地裁の判決)が現行法を違憲と判断していて、合憲と判断したのは1件(大阪地裁)のみである。
 このうちの札幌地裁判決は以下のように述べ、同性婚を認めていない現行法が憲法14条1項に違反すると判断した。
 「現行民法は,子のいる夫婦といない夫婦,生殖能力の有無,子をつくる意思の有無による夫婦の法的地位の区別をしていないこと,子を産み育てることは,個人の自己決定に委ねられるべき事柄であり,子を産まないという夫婦の選択も尊重すべき事柄といえること,明治民法においても,子を産み育てることが婚姻制度の主たる目的とされていたものではなく,夫婦の共同生活の法的保護が主たる目的とされていたものであり(略),昭和22年民法改正においてこの点の改正がされたことはうかがわれないこと(略)に照らすと,子の有無,子をつくる意思・能力の有無にかかわらず,夫婦の共同生活自体の保護も,本件規定の重要な目的である」。「本件規定が同性婚について定めなかったのは,昭和22年民法改正当時,同性愛は精神疾患とされ,同性愛者は,社会通念に合致した正常な婚姻関係を築けないと考えられたためにすぎないことに照らせば,そのような知見が完全に否定されるに至った現在において,本件規定が,同性愛者が異性愛者と同様に上記婚姻の本質を伴った共同生活を営んでいる場合に,これに対する一切の法的保護を否定する趣旨・目的まで有するものと解するのは相当ではない」。
 そして、名古屋地裁判決は、以下のように論じ、現行法は憲法24条2項と14条1項に反すると結論づけた。
 「法律婚制度を利用するについての自由が十分尊重に値するとされる背景にある価値は、人の尊厳に由来するものということができ、重要な人格的利益であるということができる」。「現行の家族に関する法制度における現行の法律婚制度は……、同性愛者を法律婚制度の利用から排除することで、大きな格差を生じさせていながら、その格差に対して何ら手当てがなされていないことについて合理性が揺らいできているといわざるを得ず、もはや無視できない状況に至っている」。「婚姻及び家族に関わる立法として、本件諸規定は、性的指向という、ほとんどの場合、生来的なもので、本人にとっては自ら選択ないし修正する余地のない事柄を理由として、婚姻に対する直接的な制約を課すことになっている」。


 ここに引用した両判決の議論は的確であり、支持できる。さらにいえば、憲法24条が「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し」と規定しているのは、家長たる父親の許しがなければ結婚できなかった帝国憲法下の家制度を否定するものであり、両当事者の合意があれば婚姻を認めるべきという趣旨に理解すべきである。したがって、同性婚を認めない現行法は憲法24条1項違反というべきである。また、両判決は、異性婚に限られた現行の婚姻制度を維持しつつ同性カップルのための制度を別に設ける可能性を示唆しているが、同性婚を異性婚とは異なる制度の中に押し込めることの合理性・必要性は見出しがたく、支持できない。同性カップルにも異性カップルにも開かれた婚姻制度に転換すべきである。

 

 文責 講演者 斎藤 周